がんがんもんもん

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がんがんもんもん

話したいことは山ほどあるけど

眠れる夜の自立と依存の話

深夜のブログ第二弾。
今日はかなり眠いけど書いてるうちに目が冷めそう。草案というか、この話題は深く考え出すとほんと収集つかなくなりそうだからつぶやき的な感じで残しとくよー。
今回も基本敬語は封印。


自立とは依存先を増やすこと

数日前?にtwitterで回ってきたフレーズ。
twitterでは時々、140字という短さから、だれがどういう立場でどういう時に言ったのかを明記されないままフレーズだけが一人歩きすることがあって。なんとなくキャッチーだから意味がわかったような気になるけど、本当に理解するには前後の文脈が必要で。
流れてくる言葉全部にそんなことしてたらやってられないけど、これはふときになったから、ちょっとgoogleさんで確認してきた。

脳性麻痺の小児科医の熊谷晋一郎氏の言葉であるらしい。

そのつぶやきを書いた人が読んだ著書はわからなかった。っていうのも、割といろんな本に登場してるっぽいから。
インタビューや講演会なんかでキャッチコピーやリードインとして使ってるみたいで、それを引用して本を書いた人が複数名いて、その中のどれかを読んだ人がそれをtwitterで紹介して、そして私は熊谷さんの本を読もうとしてAmazonでポチった。
キャッチコピーとしては理想的な流れ。

やっぱりわかりやすいし、単体でも力があるし、意識するだけでいろんな物事への対策も立てやすいからなんだろうなぁ。
いい言葉だ。いい言葉はなくならない。

「自立とは依存先を増やすこと」
簡単に説明すると、障害のある筆者が、震災の時に逃げるために取れる選択肢の差が自立と余裕の差であると気付いて、取れる選択肢が多いほど自立しているというのはすべての物事においてそうなのだ、という論に至って使われた言葉だ。
まあ割と読んだ時の印象通りで安心した。時々ちゃんと内容知ると第一印象と真逆の言葉とかあるから。

ひとつひとつへの依存を依存と思わないほど、薄く細くしていくこと。たくさんの紐で一本の強力な縄を作る。それが自立。
で、まあ以前引用した真夜中さんのブログとか前回書いたブログとかを思い出しました。
私がぼんやり思ってた解決法をなんかきちんとした人が保証してくれてた。

どんなものを見たり聞いたりしても自分の中のタイムリーなものに結びつけてしまうのってなんとかかんとかって法則名があった気がするんですが思い出せない。ここでさささっと引用できるとかっこいいのに。

つまりそんな感じで私はいま精神的な自立がしたくて精神的なものとしてかんがえちゃうけど。

例えば私は隣駅へ行くのに、電車もバスも自転車も歩きもあるから隣駅はそんなに出かける、って感じにならないけど、それが関西へでかけるってなるとバスか新幹線か飛行機か、あれ、意外とあるな…やめやめ。
うーん、海外旅行ってなると基本飛行機しか選択肢がなくて、そのつぎに時間のかかる船になるので、隣駅に行くほど気楽に行く気にはなれなくて。
隣駅に対しては自立してるけど海外旅行に関しては依存してるっていうか。なんか違う気がする。そもそもプラットフォーム違うし。

あ、あれだ!
私車の免許持ってなくて、「じゃあ車で旅行に行こうか」ってなった時に他の人がとれる「自力で移動」ができなくて「誰かの車に乗せてもらう」しかないんだよね。それを不便だなあと思う時がある。
他の人がふと思い立って行けるところに、私は思い立って行かれない。
私は免許を持っている人より公共交通機関に依存している。
ということ。

ど、どうだろ…あってるかな…?

居心地をよくしてくれるひとりに依存すると、その人が亡くなったり、調子が悪くなったり、やっぱりやーめた、となった時に共倒れする。その時に次の選択肢、次の次の選択肢、その次の次の次、とあれば余裕が生まれる。
ついでにその人を支えられるかもしれない。普段助けてもらってるぶん、相手が弱ってたら助けたいし支えたいよね。

私は割と普段友人に寄りかかるタイプだけど、友人が弱ってる時にはちゃんと助けたいタイプで、ただ、弱ってる時に助けると、相手がものすごく依存モードに入ることがある。それをなんとなく思い出した。


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五十嵐響子ちゃんかわいい。かわいいねぇ。うふふ。ピンチェラジオ楽しみだなぁ。
二次元も依存先の一つ。
五十嵐響子ちゃんに依存してます。

それじゃあ続きはまたいつか。