がんがんもんもん

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

がんがんもんもん

話したいことは山ほどあるけど

やわらかさと硬さの書き分けの話

雑感 雑感-文章

どうしてこの記事書き始めたのか

文体について後輩にラインで話していたらものすごく長いやりとりになって、どっかにまとめてくれって言われたのでぼんやりまとめてみます。私見なので間違っていたらごめんなさい。

あんまり章立ててしゃべるの得意じゃないけどせっかく見出しのカラーつけたから使いたい。がんばろう。
 

そもそも文体って?

文体はイラストでいう絵柄にあたる部分かなーと思ってます。

割と持って生まれた資質に左右されるし、それまで読んできた本とか、憧れの作家とかの影響も大きい。なかなか変えようと思って変えられるものでもありません。繊細な絵が書きたくても大味になっちゃったり、デフォルメが苦手だったり、青色がうまく使えなかったり。私の話です。
まあでも、一応何がどう影響するのか、ぼんやりでも知っておけば多少幅が広がる…かなあ。さっきも言ったけど私見なのであくまで参考程度に。
 

硬いと柔らかいの要素

文体のいちばんわかりやすい要素のひとつに固い柔らかいがあって、この辺が絡んできます。
 
ひらがなはやわらかい。 あかさたな
漢字は硬い。      亜夏差太那
 
タメ語はやわらかい。  わかんない。
敬語は硬い。      わかりません。
 
口語はやわらかい。   いっぺんにやります。
文語は硬い。      一度に行います。
 
一人称はやわらかい。  私はそうしたくなかった。
三人称は硬い。     五十嵐はそうしたくなかった。
 
読みやすい文章は、大体真ん中らへんになるのかな。固すぎず柔らかすぎず。ニュートラルで癖がない。あんまりにもどちらかに偏ると読みにくいです。たぶん。
 
やや余談
でも自分の文章を持つとそれを武器にすることもできます。
村上春樹さんとか、長野まゆみさんとか、円城塔さんとか。京極夏彦さん、西尾維新さん、森見登美彦さんとかも。文章を読むだけで名前を見なくても誰だかわかるのはめちゃくちゃ強みです。
逆にものすごーーく癖がないのは星新一さんかなって感じます。
ちなみに私の文章は川上弘美さんに影響を受けています。あのやわらかさが大好き。どこから行っても遠い街、とても好きなのでぜひ。
 
あと内容にもかかわってきますが、プラスの内容はやわらかくてマイナスの内容は硬いみたいなのもある気がします。
逆に、やわらかい物言いにくるむと攻撃的なこともすんなり受け入れちゃったりして、こわいなーって思います。小川洋子さんとか、きれいならそれでいい、みたいな静謐な世界観で。潔癖でちょっと怖さすら感じます。大好きなんですけどね。
逆に内容はまっとうでも文体が攻撃的だとそれだけで敬遠されたり。過激派とかそういう。
あとは山田悠介さんとか、面白い設定とか内容とか書いてるのに文章だけで馬鹿にされてましたし。全部読んで批判してた人はどのくらいいたんだろう。いや、リアル鬼ごっこは決していい文章ではないと思うんですけど、面白く読みました。パズルとかになると文章の問題も改善されて読みやすかったですし面白かったです。
 
こわいね、ねー。文章と中身は違うものなので、できれば中身を見たいし見てもらいたいですけど、まあ文章の雰囲気だけで避けられる誤解があるなら避けたいものです。というのもあってやわらかめの文章が好きです。
 

ところで調節するにはどうしたら?

ひらがな+文語で硬さを真ん中に持ってきたり、タメ語+漢字でやわらかくなりすぎないように調整したり、色々できると思います。
 
一度に行います。
一度におこないます。
いちどに行います。(私ならこれで書くけどやや柔らかめですね)
 
ひらがなにしてみて見慣れない並びになる時はおとなしく漢字を使う方がいいと思います。おこないます、ってぱっと見た時になんだろう?って考えてしまうので。逆にそこで目を引きたい、ゆっくり読んでもらいたいって時には効果的ですが、伝わらない可能性もあるし、多用はしすぎないほうがいいかな。
たぶん動詞よりは単語をひらがなにするほうが調整しやすいかと思います。(この「たぶん」もそのひとつ)
 
カタカナはひらがなより固くて漢字よりやわらかい印象ですが、硬さの調節よりは、アクセント的な存在として使うのがいい気がします。なんとなく、ぱっと全体を見た瞬間にカタカナは目立つんですよね。
一般化されてない外国語をカタカナで書くのはあまりおすすめしません。アグリーとかアポイントメントとか、場によっては使ったほうが効果的なのかもしれないですが。そればっかりずらりと並ぶ文章は、案外見た瞬間引き返しそうになったりします。異国感とかわからなさを出すには使えます。
パルスのファルシのルシがコクーンでパージ。
これほんとはコクーン「から」パージですよね。
 

実例だよ〜

私の文章は基本的にひらがな多めで柔らかめですが、意識すれば文章の硬度を調整することができます。と思ってるけどあんま変わらないかもしれない。
一応例をあげときますけど古い文多くて恥ずかしいし同じじゃねーか!って言われたらその通りですとしか言えない。あと基本がやわらかめなので硬いと言ってもスタッドレスタイヤくらいです。石にはならない。
硬い〜やわらかいまで一人称と三人称でそれぞれ例示しておきます。視点のキャラが前です。一応全部カップリングではありませんが、そう見えたらすみません。
 
硬い、重い
■一人称/オーストリアとフランス
私はその男を嫌悪していた。いや、嫌悪している。
こうして目の前に座って洗練された動作で優雅に紅茶を飲む彼を見ていても、一向に愛着であるとか、信頼であるとか、そういった精神は湧いてこない。一方相手はといえば、まるで私を竹馬の友であるかのように扱うのだ。拘束力すらないたかが手紙一枚で、どうしてこのように態度を変えられるのだろうか。この男は国の決定に心から従って、自分の意志など持ち得ないとでもいうのか。頭痛すら覚えて、こめかみを押さえる。
この文章で硬さを出しているのは
「嫌悪」「洗練」「動作」「優雅」みたいな熟語。
「いや、」「である」「たかが」「このように」「だろうか」「すら」みたいな文語的表現。
嫌い↔嫌悪みたいな
ううん↔いや
 
書き直してみます。
「私はその男が嫌いだった。ううん、嫌いだ。
こうやって目の前に座ってたって、どんなにきれいな作法で紅茶を飲んでたって、愛してるとか、信じてるとか、そういう気持ちはちっともわいてこない。」
柔らかくなりました。ちょっと恋愛小説っぽい?
 
■三人称/オランダとスペイン
なにやら恐ろしい夢を見た気がして、オランダは目を覚ました。額に滲んだ嫌な汗を袖で拭い、ベッド脇のキャスターに置いてある水を飲む。空になったグラスを握りしめ、息を限界まで吐き出す。肺の中から二酸化炭素を全て追い出したあとで、注意深く空気を吸い込んだ。冷たい澄んだ空気が淀んだ体内を刺す。
スペインの元を去ってから、オランダは毎日のように悪夢を見た。起きた後は疲労感と恐怖感だけが残る。何か恐ろしいものに追われていたような気はするのだが、どんな夢を見ていたのか一向に思い出せないのだった。
この文章は内容の硬さによってるところがありますが、「注意深く」「刺す」「疲労感」「恐怖感」「悪夢」あたりですかね。
「額」「滲む」「淀んだ」あたりが漢字なので自分の文章にしては硬めになってるかなと。
 
大体いつもの(やや柔らかめ)
■一人称/ロシアとアメリカ
アメリカ君はロケットみたいだ。成層圏を越えて飛び出して、永遠とも呼べる距離をどこまでも泳いでいく。僕もそうするだけの力は持っているけれど、遠く遠く宇宙の果てまで着いた時に誰も僕の隣にいないんじゃないかと思うと、怖くて仕方ない。アメリカ君に恐怖はないんだろうか。それとも、他の人も自分についてくるだけの力があるだなんて思っているんだろうか。
鈍くて愚鈍で冷たくて、生きるために他人に犠牲を強いているだなんて気付きもしない。
これは大体いつも通りです。ロシアの一人称視点なのでやや物言いが柔らかいかな。これは柔らかい物言いで重たいことをくるんでる例ですね。
ここにない部分を含め要約すると「ヒーロー気取りうぜぇ」になります。
 
■三人称/アメリカ中心のパロディ話
ルフレッド・F・ジョーンズの休日はピアノの音色から始まる。
なんて言うとずいぶん優雅に聞こえるが、なんてことはない。同じ階の角部屋に住んでいるポーランド人の音大生が、時間を考えずピアノを掻き鳴らしているだけだったりする。学生の住めるような安アパートでは、まともな防音などしているはずもなく、そのメロディはすっかり筒抜けであった。アルフレッドが起きる前から鳴っているピアノは、彼が出かけて帰ってきてもまだ鳴りやまない。
癖は少なめだけど海外文学とか外国作品っぽい文章をイメージして書いてた気がします。他に比べて外国語が多めですが、当たり前に理解のできる言葉のみにとどめています。
個人的に結構好きな文章。
 
やわらかい
■一人称/しえみと燐(と雪男)
いつか私も、燐を置いておとなになるの。燐はそんなこと知らないみたいに、多分ほんとうに知らないままで、ねむっている。布団にくるまる彼の背を指で辿れば、尻尾へとたどり着く。こんなもの、ひきちぎってしまえたらいいのに。そうして燐も私と同じ、ただの人間になって、ずっと一緒にちょっとずつ成長するの。せりあがってきた涙はこらえられず畳に染みを作った。嗚咽だけは漏らさぬよう、せめてしあわせな夢だけは見られるよう、ひっそり泣いた。
だって、しあわせそうなその寝顔にかける言葉を、私は持たなかったのだ。
これはもう極端にひらがなが多いですね。
それ以外だと「いいのに」「するの」「よう」「だって」あたりの口語的表現。
やわらかい「〜ね」「〜よ」「〜だ」硬い
やわらかい「〜なのね」「〜なのよ」「〜なのだ」硬い
ここにはでてきませんが「だけれど」なども割と使ってました。
今読むとちょっと気取ってて恥ずかしい。
 
■三人称/アメリカとイギリス
はっとしてアメリカは視線を向けた。みずからが鼻歌をこぼしていることに、イギリスは気づいていないようだった。アメリカはその歌に聞き覚えがあった。小さな頃、まいにち寝る前に歌ってもらった曲だ。耳に馴染んだメロディは聞いているとひどく心地がいい。ここちいいことが、腹立たしい。
イギリスの地図は古いままだ。ずっとずっと、古いままだ。イギリスの子守歌が溶けた、やわらかな潮騒を聞きながら、アメリカは重いまぶたを落とした。ふたりはただ、海の上を走りつづけている。
三人称の小説をあまり書かないので、やわらかい例がありませんでした。一番それっぽいやつ。
「みずから」「まいにち」「ずっとずっと」「まぶた」「ふたり」のひらがな。
「ここちいい」をひらがなで出すと読み慣れず止まってしまうので、その前にの「心地がいい」と一回漢字で出してるっぽいです。
 

おつかれさまでした

はい!はい!!!
お疲れ様です。
はい。
うん。
うん。
恥ずかしいね。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
大体書き出しかラストです。
 
こうして見ると、やっぱり漢字の量が多いと、読む前から威圧感が違いますね。
まあこんな感じで、読みながらどの辺が文の印象に影響してて、その人らしさはどこで、自分はどうなりたいのかなーとか考えるのが楽しくて好き。
 

ちゃぶ台をひっくり返す

ここまで書いといてなんなんですけど、私は書いてる最中にこの辺を意識してることはありません。書き終わったあとで全体のバランスを見て調節することはありますが、そこそこ無意識のうちに使い分けしています。
ただし、書く前にどんな硬さにするかは妄想してます。結構大事な気がする。
書きたい内容をぼんやり浮かべてそれをどう調理しようか考えて、ジュースにするのか、プリンにするのか、グミにするのか、ラーメンか、焼き肉か、ステーキか。もういっそ石にして投げるか。
設計図って言い換えてもいいですけど、どう包めば書きたい内容が一番伝わりやすいのか。内容のための文章ですしね。
逆に文体が変えられない人は意識的に内容を文体に合うように寄せることになると思います。ギャグ絵の人にシリアスが書けないというようなことが、文章でもよくあります。難しい。ままならない。私もギャグは書ける気がしない。
 
もじもじもんもん
まあ何が言いたいって、文章書くの楽しいからもっとみんな書こう!ってことですね。文体模写とか、楽しいですよ。文字を楽しむ。せっかく識字率高い国に生まれたんだからいっぱい書いて活かしたいですね。
 
それじゃあ続きはまたいつか。