がんがんもんもん

がんがんもんもん

話したいことは山ほどあるけど

ポジティブは用法容量を守って、という話

突然ですが北口さんのブログは面白いからみんな読もう。
で、この記事ではポジティブはいいぞ、という話について語られています。それについてネガティブ民にネガティブ民から言いたいことがあって筆を取りました。
 
要約すると「急にポジティブになろうとするとしんどいからちょっとずつトレーニングするといいぞ」です。
 

ポジティブってなんぞや?

えーと、そもそもひとくくりにされがちですが、ポジティブ、ネガティブにも種類はあるというか、二極ではないと思うんですよね。グラデーションがあるし、日によっても違う。
で、今回語るにあたって
 
ポジティブなことしか考えられない人(真正ポジティブ)
色々考えた末にポジティブを選ぶ人(1〜10)
色々考えた末にネガティブを選ぶ人(-1〜-10)
ネガティブなことしか考えられない人(真正ネガティブ)
 
に分けてみることにしました。 
そして一番上と一番下は申し訳ありませんが割愛します。自分と違う考え方すぎてわからないからその辺の人は思考ソースを解説してください、お願いします。
 
ちなみに「色々考える」人たちも、ポジティブな選択肢が浮かびやすい人、ネガティブなものも見えるけどポジティブを選ぶ人、ネガティブがほとんどだけどそれでもポジティブをひねり出して信じる人、色々いると思います。たぶん他にも色々ある。
 
ちなみに私の自認は「大量の選択肢のなかから今の状況的に一番可能性の高いものを選ぶと結果ネガティブ-2」くらいの人間です。
去年は-4くらいだったのでちょっと上向きました。ネガティブ民はまず、選択肢の幅と合わせて自分がどのくらいの位置かなーとか考えてみるところからはじめるといいのかな。どうなんだろう。
 

見え方で世界は変わるけど環境でも世界は変わる

トラックバック先のブログで書かれてるのは、いい未来を信じると「いいこと」が起きた時に気づけるよ。結果「いい未来」になるよ。って話なんですけど。
 
わかる。
正直めっちゃわかる。
 
と、いうのも、一段階ポジティブな選択肢を無理矢理選ぶことにした結果、ちょっと運が上向いたからなんですよね。(いやまあまた揺り返しでどかーんとひどい状況になって若干ネガティブに戻ってるんですけど!)
年末にかけてひどかった体調が新年から少しずつよくなり、精神的にも回復してきて、よっしゃ!とポジティブ思考してたら運も好転してきた。逆にいうと、私の場合はある程度ポジティブな環境やポジティブな要素がないとポジティブでいられないってことでもある。健全な精神は健全な環境に宿る。
 
ポジティブ+10で考えて現実がネガティブ-10だとギャップが20。
ネガティブ-5で考えて現実がネガティブ-10だとギャップが5。
 
ギャップの少ないほうが精神への負担は軽いです。
だからネガティブをえらぶ。
 
ちょっと本題からそれる
ギャップが嫌いなんですよね。
プラスであれマイナスであれ精神の上下が苦手で、穏やかに生きていたい。だから浮かんだ選択肢の中から、現実で一番起こりそうなところを想定してきました。
いまネガティブなのは状況的にしんどいからで、大学時代ののほほんとしてた時期はほどほどにポジティブでした。だからネガティブ民とは違うのかもしれないんですけど。
でも、自分の思考が本当にネガティブなのか、ネガティブを取っておくのが精神的にベストだからネガティブスタンスを取っているのか。
これって結構違う気がします。
 

本題に戻る 

と、まあそんなことは置いといて。
にこころの成長痛の話をしました。
 
真夜中さんのブログでも、精神を筋肉繊維として表しています。これ、めちゃくちゃ納得しました。そう、そうなんだよなー。精神にも肉体があるんだ。(哲学)
 
つまり、精神には筋肉痛がくる
 
くるんですよ。もみ返しが。揺り返しが。低気圧が。二日酔いが。ポジティブ酔いが。ネガティブな環境下でポジティブな思考を続けようとすると、大幅に発生するギャップで疲れて、結果反動で死ぬほどネガティブになるって感じなんですけど。ほんと、筋肉痛に似ています。普段使わないポジティブ筋使うと精神体が疲れるんです。
くるんですよ。「うまくポジティブになれない自分」に対してものすっっっっっっっごいネガティブと自己嫌悪が。許して。
いやまあ、ようやくクラウチングスタートを覚えた人間がオリンピックの選手に向かって勝てないってわめくようなもんなんですけども。
だから、無理してポジティブになろうとしないほうがいい。
真正ポジティブな人と話すのはジムに行くようなもんです。
 
まずは選択肢の中から普段より一段階マシなものを選びましょう。そこからで十分です。
 
明日でも一ヶ月後でも一年後でも、変わっていけたら、それは立派なポジティブ。ってラインでポジティブ人間に慰められました。が、それができたら苦労はせんのだ。筋トレしんどいじゃん…三日坊主筆頭じゃん…
でもこう、一段階いい選択肢を選ぶのは、自分にとってギャップが大きくなるってリスクなんですけど、それを選ぼうと思えることそのものがポティブなのではないでしょうか。(哲学)
ギャップに負けない心が私にとっての目指すべきポジティブな気がしてます。
 
ちなみに筋肉痛が来て死ぬほどへこんでるときも「あー筋肉痛かー、やりすぎだったかー」くらいに思うと………………思えたら……苦労は……まあその時期が過ぎ去ったあとにでも、あれは筋肉痛だったんだな、と思うだけで気が楽になります。
運動不足が原因だけど、だって仕方ないじゃん。筋肉痛って勝手に来るんだもん。むしろ強くなって…………うう、ポジティブ酵素が切れた。早く、次の薬を、頼む、ポジティブに、ポジティブにさせ…
 

ポジティブじゃなくてもいいじゃん

ふう。
 
でも別にずーーーーっとポジティブでいないといけないなんて、そんなことはないと思うんですよね。ぐらんぐらんしてこその人間だし、そういうところが好きだし。幸せになって欲しくてそのためにポジティブのほうが可能性高いってだけで、ネガティブ思考でも幸せを手に入れて人生楽しんでるならそれでいいと思う。
ポジティブな人はポジティブさいこー!なんでそうならないの?ってなるんでしょうけど、ポジティブは精神を鍛えないとなれないんで、ながーーーーーーい目で見てください。
ポジティブなことしか言っちゃいけないってなると、内側にもわっと溜まってくので、それはそれで「幸福です!幸福です!幸福は義務です!」みたいになりますし。
 
でも言葉は大事だよねってまた本題からそれる
同じことを言うにしてもなるべくポジティブな言葉を使うのは大事だと思いますけど。
 
たとえば
「自分は誰からも受け入れてもらえないんだ……」を
「誰か受け入れてくれる人が見つかれば幸せなのになあ」とか。
「しにたい」を
「ハワイに行ってなにも考えずに過ごしたい」とか。
「自分なんて本当にだめ人間だ」を
「みんなすごいなあ」とか。
 
大元はおなじでも、自分のことじゃなくて周りのことに置き換えると、外側に流れてってくれるのでいい感じです。たぶん。ただ周りを攻撃する言葉として出力すると反感をかうのでやばいです。
そして言いたきゃ前者で言っていいと思う。ネガティブでいなくちゃしんどい時はネガティブでいましょう。
私は2〜-4くらいを行ったり来たりしてるので、ちょっと調子いいかな?って日だけポジティブな言動を心がけてます。-4くらいの日にポジティブしようとすると死にたくなるぞ。
 

本題に戻る

やっぱり今日の自分の精神がプラスかマイナスか、どのへんにいるのかを考えてその日にやることを決めるのがいいのかなぁ。ネガティブは言い換えれば堅実です。細々したことや、慣れて調子に乗りがちなことをネガティブモードの時に片付ける。
無理にポジティブにならなくてもいいので、まずは自分の心とのうまい付き合い方や折り合いを見つけるのが大事だと思います。
それが見つかる前からポジティブトレーニングはじめると、肉離れとか複雑骨折とか起こしますよ。あぶない。まずは念入りな準備運動から。
 
そしてこのブログは私が自分の心と付き合うためのツールであり準備運動の一貫です。あーたのしー。文章書くのってなんで楽しいんだろう。出力がドライブ直下な感じだからかな。あーうふふーあははー文字を打つということそのものがやってるとポジティブになれる感じします。そういうおまじないというか、これをすればスイッチ切り替わる!みたいなの持っとくのは大事かもしれないですね。(ポジティブ)
ただどん底の時に好きなことやると好きなことできない呪いがかかったりもするから注意してください。(ネガティブ)
 
こうやってふわふわ揺れながら、総合的にプラスサイドに行かれるようにがんばります。
この間ものすごい落ち込んで他人にあたってしまって、それでさらに落ち込んで、あーーーーってなりますよね。
 
一年後はきっと今日よりいい日です。というのが私の普段よりひとつうえのポジティブです。
今日が昨日よりいい日かはわかりませんが、まあいい日になるかな、どうかな。なるといいな。
 
それじゃあ続きはまたいつか。